リンガルストレートワイヤー法
エピクロスの『隠れて生きよ』の実践か知らぬが、矯正装置が見えない事には魅力があるらしい。
以下、私と舌側矯正の関わりのハナシであるが、マニアックな内容につき、行間を読む、言外の意味を察する、最初からパスするなどの対応をお願いしたい。
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リンガルストレートワイヤー法の長所のひとつは、トルクコントロールが容易な事である。それに限らず、すべてのステップを齟齬なくこなせば私のような者でも、それなりのゴールにたどり着ける(事を願わずにいられない)
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私の舌側矯正との関わりは、約25年前、この矯正法の嚆矢たる大先生の薫陶を受けて以来だが、どうしてどうして悪戦苦闘の幕開きであった。
自分の浅学菲才はひとまず置くとしても、どうしても大先生のようには治らないのである。
とにかく私には難しかった。
まずこの治療法には天敵たるボーイングエフェクト(飛行機とは関係ない) なる現象が終始付きまとう。
舌側矯正はハリガネが歯の内側についているため、ハナから力学的に前歯が内側に倒れやすいからだが、患者さんの前歯が倒れてきたと思うと、今度は奥歯も噛んでこなくなる、同時多発的に全体の噛み合わせがヘンになる、これのコントロールが難しい。
加えて複雑なマッシュルームアーチのコーディネートの難しさから、特に上下犬歯部がうまく噛まない、アンカレッジの問題から上顎前突が引っ込みきれないのに、奥の大臼歯がロスしてきて抜歯スペースを消費してしまう、逆に下顎大臼歯はアンカレッジが強くて手前に引けず抜歯のスキマが閉じない、などなどトラブルのタネには事欠かず、ちょっと油断すれば教会でもあるまいにOh my god!の連発、 真冬のモスクワで、ドツボにはまったナポレオンもかくや、君子もとより窮すと言うフンイキになる。
あげく、前述のボーイングエフェクトその他を最後までカバーしきれない事は往々にしてあり、バックス・バニー風の仕上がり (と言えるかどうか) を前に、良心の呵責に雄々しく耐え沈黙を守る、急性失語症のフリをするなどは性にあわないゆえ、いさぎよく汗顔の呈で詫び、表側の矯正にシフトさせていただいたこともある。
もちろん、私とて、この体たらくに手をこまねいていたわけではない。
逆転の発想、宝クジ的起死回生など、(なるたけ安直な方法で)なんとかならんものかと、幾星霜苦慮は重ねてきた。有名なパブロフの条件反射のハナシなど、学者がベルが鳴るごとに、イヌにエサをやりたくなったのだ。すなわち患者さんにアンデルセンの『はだかの王様』のハナシなどし、表側の矯正装置がオロカ者にしか見えないと言い張る、いっそ舌側矯正をやめる、とかの解決法も考えたが、各方面からかんばしからぬ反響、もしくは歓迎の声があがりそうで選択枝からはずした。ところが丘の向こう側でも事情は同じと見えて、くだんの本家本元の大先生システムから無数の分家やら暖簾分けみたいな治療法が、河の流れのように絶えずして、かつ消え、かつ結びてを繰り返してきているのを、日ならずして気が付いた。
加えて矯正用アンカースクリューの出現も追い風となった、単独のアンカースクリュー植立のほか、プラスやらアイステーションとかの応用もある。
これで垂直水平アンカレジの問題はほぼ解決する、すなわち、ボーイングエフェクトを根絶しうるのだ。
そういった経緯のなか、あれこれ新発の各種舌側矯正法に目移りして来たが、数年前よりリンガルストレートワイヤー法というものに行きついた。
これはまったく別のコンセプトである。(あいにく安易と言うイミではないが)くだんの大先生のシステムが、超絶技巧の外科医バージョンなのに対し、コレは内科医的要素が強い。 主たるスキルは精緻なる診断にふりむけられ、リンガルストレートプレーン(LS-Plane)の概念にもとずき、ブラケットの位置決めをする。ついで既製品のツルンとしたハリガネをブラケットに装着し、治療の進行に従って順次交換していくというものである。
もちろん自動矯正装置とはいかず、それなりに山あり谷ありだが、例えばパッシブセルフライゲーション式のアリアスブラケットを使用した場合、ハリガネのブラケットへの装着は、旧来の治療法のワイヤー結紮とは隔世の感があるほど容易である。
フルサイズワイヤーの段階では、ワイヤーとブラケットスロットとの遊びは極めて少なく、これまた積年の悩みのひとつでもあったトルクのコントロールに長ずること甚だしい。
そもそも理屈の上では誰がやろうと大先生と同一の治療結果となるという、要するに大先生フリーのシステムでもある。
いわば秘伝とされた剣術の奥義を、徹底した合理化、マニュアル化して、幕末に大ブレークした、千葉周作の北辰一刀流 (赤胴鈴之助や坂本竜馬の流派) にも通じるフィーリングである。
そういった経緯から、せめて中先生くらいになるべく、私のオフィスではこのリンガルストレートワイヤー法を、新たなる舌側矯正の治療法に採用したのである。
To Be Continued
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皆さんの歯並びが、もっと素敵になりますように。
Parsley, Sage, Rosemary and Thyme
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