学校保健の講演
某日、学校歯科医をしている高校の、養護の○○先生から、『学校保健の集まりがあるので、講演を頼みたい』との電話があった、家内以外にも、私を駆使するヒトはいるのだ。
講師の払底は理解できたが、高いところは昔から苦手である。
走馬灯のように、予期される失態の数々が、まぶたに浮かぶなか、学校歯科医の業務だし、外でもない○○先生の依頼である、『喜んで、お引き受けします』との返事を、雄々しく、して差し上げた。
時々、思いつくままに、歯医者人生のグチなど、拙いコラムに書いているが、実際のスピーチは、文章をひねり出すのとはまるで違う。
取り急ぎ原稿を認め、家内の前で読んでみた、自分では立て板に水のつもりであったが、すぐに家内が懸命に笑いを堪えているのがわかった。
トチリながらも、ところどころ家内の悪口を織り交ぜると怒るので、ちゃんとイミは通じているのがわかり、安心する。
講演当日は、ひそかにイナゴの大群の発生など期待していた、私の魂胆を見透かすかのような快晴であった。
案内された大教室では、演者だから、当然と言えば当然だが、いきなり最上段の席に座らされた。
フンイキから、壇上でいきなりム−ンウォ−クやヒルネを始めるなどの、アバンギャルドな講演スタイルでは理解を得られないと思い、私としてはマジメな講演に終始した、いやしくも教育の現場なのだ。
講演後の質疑応答では、教頭先生からも、ご自分のイビキについて悩んでおられるよし、お話があり、“スリープスプリントは、如何なるモノなのか?”と、ごく真っ当なご質問があったが、写真など用意しておらず、やむなく、黒板に下手クソな絵など描くハメになった。
この他、学識豊かな校長先生からも、いくつか的確なるご質問があったが、私の、生来のシャイな性格も災いし、思いつくなかでも、最も間抜けな回答をした気がしてならない。
これに限らず、質問というものの、なんと答えにくいものか、“専門外の事なので、なんともお答えしようがありません、専門の事でしたら、わかりません、とお答えできるのですが” などの回答はどうか、国会答弁を参考にしたのだが。
講演“要旨”
学校歯科は、ムシ歯、歯肉炎のほか、不正咬合、顎関節の診査などを、食育基本法にのっとって、行っております。
根本は教育が目的です。
生徒さんに、ご自身の、歯科的トラブルの状態を、理解していただく、というものです。
例えば、一番、ポピュラーなムシ歯の診査は、基本的に、目で診るだけです、歯をつついたりはできませんし,限られた時間内で、大勢の生徒さんを拝見しますので、正確さには欠けます。
とはいえ、1本でも虫歯を発見して、指摘してあげる事ができれば、十分、教育的意味があるわけです。
生徒さんの不正咬合や、顎関節症の指摘についても同じです。
不正咬合があるから矯正しなさい、顎関節症だから治療しなさい、というのではありません。
そもそも歯並びが、理想的な方は、ほんの一握りです。
改善の余地が、あるかどうか、というなら、本校のみならず、社会を構成する、ほぼ全員が、程度の差こそあれ、矯正治療が必要になってしまいます。
最初から、全員が該当する事がわかっているなら、検診の必要もないわけですが、学校歯科においては、あくまでも、生徒さんご自身に、ご自分の歯列咬合の状態を、理解してもらう事が、目的です。
かなり個性的な歯並びをされていても、ピンとこないと、おぼしき方に、時々、差し障りのない範囲で、アドバイスしますが、それ以上のものではありません。
顎関節症の事なのですが、歯科で言うところの、アゴのトラブルである顎関節症は、隣接する医科である、耳鼻科などの、類似症状のものと、混同される場合があります。
例えばリューマチで、顎が痛いのも、診断がうまくいかず、一般の歯科で、顎関節症として、あつかったりする事は、ありえます。
結果、巷に、顎関節症の病名が溢れ、顎関節症は、なかなか治らないんだ、という、イメージが、ひとり歩きする、みたいなところがあります。
本来の顎関節症は、あまり、シリアスな病気ではありません、20歳ころをさかいに、自然に治っていくのが普通です。
実際の歯科治療も、最小限ですみます、普通、あまり複雑な治療にはなりません。
また、不正咬合、顎関節症などと、並び称されますが、専門家である歯医者さんでも、よく誤解するのですが、いわゆる顎関節症と不正咬合とは、相関しておりません。
顎関節症だから矯正治療が必要だとかはありませんし、顎関節症を治す目的で矯正治療をする事はありません。
ただし、顎関節に、トラブルがあるという認識はもとより、治療により改善しうる、もしくは改善への軟着陸は可能であろうという事を、理解していただければ、よろしいのです。
その他、歯科検診は対面式で行いますので、お口の中以外にも、いろいろと診査が可能です。
そこでサービスというわけでもないんですが、時々、検診項目以外の、アドバイスを、する事もあります。
例えば、肉づきのよい、引っ込んだアゴ、ノドチンコや、へんとうの肥大、ウワアゴの狭窄、歯列からはみだすような、巨大なシタを、もっていらっしゃる生徒さん、あるいは、あきらかに、口で呼吸をしているとおぼしき生徒さん、を見かけますと、いびきや呼吸障害による、不眠で悩んでいるんじゃないか、と心配するわけです。
良好な眠りは健康に不可欠ですが、逆に、質の悪い眠りは、様々な障害を引き起こします。
その典型的なものが、これからお話する、睡眠時、気道の閉塞により、一時的な呼吸停止が何度も起こる、閉塞性、睡眠時無呼吸症候群です。
睡眠中に、気道が閉塞して、呼吸が止まると、脳ミソが危険を察して、睡眠から覚醒して、呼吸を再開させるのですが、一晩に、これが何回もおこるので、睡眠は浅く、質の悪い物になるわけです。
この眠時時無呼吸症候群は、日本の人口の、数%が罹患しているとも言われ、数百万人という数からして、決して、マイナーな病気ではありません。
学校歯科の現場でも、2%の生徒さんに、認められるとされます。
平成15年の、山陽新幹線の、運転士さんの居眠りや、往年の、横綱大乃国が引退した原因だ、ともいわれていますが、日中の集中力が、減じるのはもとより、歯科に関係する事に限っても、就寝時、しばしば歯軋りを生じ、これが激しいと、咀嚼筋や顎関節にストレスを生じ、慢性の頭痛や、前に述べた、顎関節症の、原因の、一部になるとも言われます。
このため、社会的損失は少なくありません、生徒さんにあっては、当然、学習にも影響すると思われます。
眠時無呼吸症候群の原因は、この、気道の閉塞によるもの以外にも、呼吸中枢のトラブルから来るものなど、多伎に渡り、本来は、医科の病気です。
歯科では、診断は医科に依存していますが、気道の閉塞性の、ものの、一部に、治療の取扱いができます。
少し、ややこしいんですが、歯科に来た患者さんは、歯科から医科に紹介し、おさらいをするように、その確定診断をしていただくか、もしくは、医科から、歯科へ、ダイレクトに、治療依頼が来る場合に、はじめて歯科の治療が許されるというルールがあります。
歯科の治療では、スリープスプリントと称する、一種の口腔内器具を、患者さんに作って差し上げるのですが、その就寝時の装着で、簡便に、無呼吸が改善できる場合が多く、この情報を、是非、お教えしたかったわけであります。
スリープスプリントは、実に簡単な、プラスチックの器具ですが、この有効性は、専門家の診断を仰ぐまでもなく、事前に、ご自分でも、簡単に判断ができます。
まず、いびき、夜間、何度も目が醒めるなど、思い当たる症状のある、ご本人に、仰向けに寝てもらい、下顎を前方にズラして、受け口のような状態を作ってもらい、鼻で呼吸をしてもらいます。
それで呼吸がラクになるなら、スリープスプリント治療が有望です。
スリープスプリント治療は、健康保険の取り扱いになっていますし、保険治療を受けるにあたって、やや煩雑な面もありますが、治療自体は、歯科で作ってもらった、装置を、就寝時、装着するだけという、極めて安全かつ、シンプルなものです。
効果は十分なものがあるようでして、この情報が、生徒さんのみならず、皆さんの、お役に立つ事を、願うばかりです。
これに限らず、短い検診の合間とはいえ、必要な生徒さんには、可能な限り、いろいろな、アドバイスをしていきたいと思います。
ご清聴有難うございました。
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