総イレバ
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私が、総イレバの名人である事は、知られていない。
私自身、知らないほどだ。
とはいえ、イレバ作りは、昔から好きだった。
苦労して作った、ピカピカの総イレバなど、よく一人で、ニタニタ眺めていたりする。ハタから見れば、さぞ不気味だろうが、私にとっては、数少ない至福の時なのだ。
総イレバには、なんとなく、ノスタルジィ−を感じるし、その方の人生が、セピア色の、古い映画のイメ−ジとして、蘇ってくる気持ちすらする。
それも、あきらかに、邦画の時代劇である。(理由はまるで不明 )
最近では、これを、総イレバの治療そのものにも、応用する事がある。
ノ−ミソで、状況に応じて、適当なタイトルを上映するのだが、案外、診療の、ノリがよくなったりする。
いそがしい時には、坂妻や、大友柳太郎の“丹下左膳”のチャンバラシ−ンがよい。ここ一番という時なら、萬屋錦之助の宮本武蔵 “一乗寺下がり松の決闘”か“巌流島の決闘”の、ハイライトシ−ン。
どうしてもうまくいかず、捲土重来を期すなら、“赤穂浪士”だ。
市川雷蔵や、勝新太郎の面々も忘れてはならない。 ( 円月殺法など、ノ−ミソの中なら、タイホされることが無いので、日常生活でも重宝しているくらいだ )
このような努力にもかかわらず、総イレバの臨床は、なお容易ではない。
補綴のカテゴリ−としては、まさにインプラントの対極であり、依って立つものは、貧弱な、ドテの粘膜だけである。
そのドテなのだが、指でさわっただけでも痛がる、イタイイタイ病みたいなヒトや、まるでペッタンコのヒトも少なくなく、総イレバはすべてが難症例である、と言って過言ではない。
最大の鍵であり、最難関のハードルは、術患のメンタルなマッチングなのだ。
当然、いろいろ対策は練ってきた。
総イレバの患者さんは、大抵、ご高齢でいらっしゃるから伝統芸能を好まれるハズである。
30余年の歯医者の仕事はダテではない、私は虫歯の削りカスを吸い込んで鍛えたダミ声や、職業病の腰痛による動きのギコちなさなど素養には恵まれている、今でも能、狂言、歌舞伎風のセリフまわしや所作はジでいけるほどだ。
あと10年もすれば進境(悪化)さらに著しく、診療中の私に “えがわ屋!” “大統領!”などの、喝采が飛びかう事態になろう。
肝心の総イレバだが、もちろん抜かりはない。
造形にあたり、わびやさび、琳派や狩野派、長谷川等伯らの上品な枯淡の境地はもちろん、伊藤若冲あたりのケレン味もたっぷりテンコ盛りする予定である。
ただし、 具体的にどういうシロモノになるのか、私自身、見当もつかない。
ついては、どなたか、私の代わりに作っていただけると有難いのだが。
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